棚を整理していたら昔の献血手帳(今は磁気カードになったらしい)と、献血の謝礼(?)に貰った懐中電灯が出てきました。それで思い出した・・・。
いま、輸血用の血液が不足しているんだとか。献血に行く人が減ってきたというニュースは何年も前から聞いていましたが、最近はコロナ禍でさらに深刻な状況だそうですね。これは由々しき問題ダ。かつて大動脈解離で死にかけ、手術と大量の輸血のおかげで助けられた私としては胸が痛むのです。
「じゃ、お前が献血しろや」 との声が聞こえます。はい、私もそうしたいのはヤマヤマなんですが、一度でも輸血を受けた者は献血ができないのです。現在の医学では未知の感染症をひろげてしまうリスクをゼロにできない、というのが理由だそうで、同じ理由で骨髄ドナーにもなれませんし、臓器提供もできません。まったくもって役立たずなカラダになり忸怩たる思いであります。
私は高校生のときに献血を始めましたが、その動機は我ながらじつに不純でした。当時は献血手帳を持っていないと女のコから相手にされない、という風潮が私の周囲にあったのです。当然、献血回数が多いほどモテたのでありまして、われわれおバカ男子どもは献血手帳にスタンプをためるために、文字通り血道をあげておりました。
そうそう、貰ったタマゴをでっかいオムレツにして、ケチャップやたらとかけてむさぼり食うのも楽しかったです。血の埋め合わせになる気がして。
・・・あれから三十有余年、どこの誰とも知らぬひとの献血のおかげで生きていられるわが身を顧みますと、その行為に大げさでなく手を合わせたくなると同時に、たとえバカな下心があったにせよ、竹ヤリのように見えた針に耐えていた若き日の自分に 「でかした!」 と言ってやりたいのです。健康な時に献血しといてほんと良かった!
厚労省の調査によれば、特に若い人の献血が減っていて、その理由は「針を刺されるのが痛いからイヤ」が最も多いそうです。が、今の針は昔の竹ヤリとは違って、ずいぶん細くてあまり痛くないそうですよ。それに「見返りがない / お金が貰えないからイヤ」 という理由もあるそうですが・・・。
あのですね、自分の血が(誰のか分からんけど)人命を救える、と想像してみて下さい。こりゃ正真正銘のヒーローですぜ。医者でもない自分がかけがえのない命を救っている、という感動は献血の経験者くらいでないと得られません。愚かにも私は自分が輸血を受けてからこのことに気付きましたが、結果オーライでしたな。
見返りがないから献血しない、というアナタ。悪いことはいいません。若くて健康なうちに献血くらい経験しときなさいよ。
陰徳あれば陽報あり、といいますが・・・献血してもモテはしなかったです。そっちの陽報はナシ。下心での献血は陰徳とはいわへんのか・・・。お大痔に。